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光文社 文芸図書編集部
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入ったら出られませんよ(柄刀 一)

カッパ・ノベルス─新しい挑戦


長編本格推理
fの魔弾
柄刀 一
940円(税込み)


柄刀 一
[Tsukato Hajime]
1959年、北海道生まれ。
公募アンソロジー『本格推理』(光文社文庫)への参加を経て、 1998年、『3000年の密室』でデビュー。著作に『ifの迷宮』『OZの迷宮』 『火の神の熱い夏』(以上、光文社)、『シクラメンと、見えない密室』(実業之日本社)、 『殺意は青列車が乗せて』(祥伝社)などがある。



編集長 今回のこの『fの魔弾』という作品で「ここを読者に読ませたい」「ここに力を入れた」というところを伺えればと思うのですが。

柄 刀 新しい挑戦という意味のある企画と聞いていたものですから、そこで『fの魔弾』はどうかなと思ったのは、都会的な雰囲気のする作品だと思ったからなんですよね。僕のカラーを出す必要もありますし、何かちょっと新しい感じも欲しいと思ったときに、『fの魔弾』はもろに密室物で、これは柄刀のテイストがあって良いなと思いましたし、ド本格の「館もの」やクローズドサークルではなくて、一般的都市空間でも成立する感じに持っていける。これだとより幅広い方にも読みやすいかな、入りやすいかなということで提案してみたんです。

編集長 本格の約束事としての「館もの」とかそういうことではなくて、入り口が広くて入りやすいところにあるということですね。一般的都市空間というのは、どの辺をそう言う言葉で表現してらっしゃるのでしょうか?

柄 刀 「本格ミステリー」って、ある程度読者と共通認識みたいなものがあると思うんです。ここはこう理解してくださいというような。納得するのに努力がいるみたいなところがあって、その努力も引き受けますよっていうのが読者にありますよね。一般読者にはそれがないわけですが、そういう方達にも素直に入っていただいて納得していただく、という意味での都会性というか普遍性みたいなものがある小説・ミステリーとして『fの魔弾』は成立するかな、ということです。トリック自体もどこでも起こりえるものです。特殊な建物や状況をつくらなくても成立する。冤罪を扱っていますけど、それも誰にだって起こりうるという意味で非常に象徴的だと思います。

編集長 トリックと、そのトリックを成立させるための人間の動きというのと、どちらを先にお考えになるのですか?

柄 刀 まずトリックからですね。そのひらめいたトリックをどうやって最もいい形で生かすかというのを考えるんですよ。そこでもし被害者にある程度何かをさせなければいけないということになれば、人間はどういうときにそういうことをするだろうかと考えていって、それが起こりえる状況をつくる。どうやれば、そのトリック全体が自然になるかを考えます。その犯罪を犯す、トリックをつくる犯人の動機みたいなものも大事にします。犯人が何故そういうことをしたのかというところまで、僕は神経を使って書きたいという思いはありますね。

編集長 今回法廷劇の場面がありますが、これはそういう一般の、本格プロパーの読者じゃない方にも興味を持たれやすいテーマではないかということも一つあったんですか?

柄 刀 テーマというか、サスペンスの一つのあり方としてですね。その他にも、情報や手がかりの出し方の一種として考えました。弁護士さんの協力でリアルになりましたから、そう言う意味で普通にただ密室の謎を解いていくよりも説得力を感じていただけると思います。判決までの日数が迫ってくることでサスペンスが生まれるとか、そう言う意味で法廷ものも良いかなと思いました。

編集長 読者にとっても何が問題になっているのか、ということが分かりやすいですしね。そこにこの桂弁護士というコミックリリーフが出てきて(笑)。

柄 刀 あの弁護士さんはストーリーを引っ張っていく人でもありますしね。

編集長 何がきっかけでああいう弁護士さんを思いつかれたんですか?

柄 刀 僕のイメージに最初にあったのは、自己紹介の時に桂さんが鬘とったら面白いよねみたいな(笑)、それがまずあって。最初は桂刑事にしようと思ったんですよ。でも刑事さんが事件現場に行って、被害者の前で「鬘です」ってやるのはあまりにも非常識だし不謹慎だと思っていたら(笑)、今度の作品には弁護士が出るなあと思って。

編集長 ああいうキャラクターが物語の中に入ってきて、やっぱりだいぶ書きやすくなったというのはありますか?

柄 刀 そうですね。長編を書き始める前のモチベーションとしても、トリックの解明以外にこのキャラクターを書きたいという、もう一つのやりがいが出来て楽しくなりますし。

編集長 冤罪とかいろいろ重いテーマもありますしね。

柄 刀 老人問題もそうです。

編集長 子供の問題も少し出てきたりとか。そういう場面場面の中で、ああいうキャラクターは物語全体を暗いところに引きずり込まずに、なおかつ読者にきちんと見えるような形で伝えるために、非常に良い機能をしていると思います。

柄 刀 それがうまくいけば良いなぁと思っていました。特殊なキャラクターというのは、ある程度は必要だと思うんですけど、多用はできないというか。

編集長 その辺もありますよね。

柄 刀 鮮烈なキャラクターとして、例えば御手洗潔や矢吹駆、中禅寺秋彦などが頭に浮かびますが、あんな凄い人たちがごろごろしてるわけではないですよね。だからこそ勿論名探偵として存在するわけですけど。反対に、モリアーティ教授もめったにいない。

編集長 そうですね。

柄 刀 みんな普通の人たちなんだけど、少しずつ違う。そういう基本があって、描き分けるのが難しいなぁというところで桂弁護士みたいなキャラクターが登場すると描きやすくなりますし、楽しくなる。もちろん特殊な世界でのみ成立する動機などもあるわけで、そこでも読者が楽しめますし、僕もそういう作品を書いています。それと同時に先ほど言ったように市井の人たちの事件みたいなものも書きますよ、ということです。でもその、市井の事件が、ただのありがちな犯罪小説というか、通俗ミステリーになってしまうのは、僕は好きではないので、意識するのは読者にどれだけ楽しく驚いてもらえるのか、そこですよね。

編集長 通俗ミステリーと、今おっしゃったようなものと、違うと思ってらっしゃるのは、どんなところなんでしょうか?

柄 刀 それはやっぱり「人工美」、みたいなものですね。本格ミステリーというのは結局かなりパズル的に創ったものになると思うんですよ。そのパズル部分を徹底的にパズルにして、それを楽しめる人だけで楽しみましょうという方法と、パズルをパズルとして感じさせない、それこそ一般的に通用するミステリーにするやり方があると思うんです。そこで今回の『fの魔弾』は一般の方にもパズルと感じさせないパズルみたいなものを提供できたらということで、書いてるわけです。『fの魔弾』も完全に人工的な産物で、作者が人から物から証拠から細かく配置して、パズルとして組み立てて、最後にああいう風に持っていくわけです。その辺に作者が意識を置くかどうかによって、通俗的に流れるかどうかの差が出来るんじゃないでしょうか。

編集長 柄刀さんの作品の特徴の一つとして、弱い立場にあったり、今の社会の中で生きていくのに何かハンディキャップになる可能性のあるものを持っている登場人物が多いというのがあるように思います。それが今の社会に対する、無意識的な部分も含めた柄刀さんのとらえ方みたいなところがあるのかなという気もするのですが。

柄 刀 ミステリーを書く動機の一つとして、小説を書いている部分も当然ありますよね。そこで扱いたいテーマもあるわけです。“熊ん蜂”なんかもそうですけれども、柄刀の場合はそういうハンディキャップを負った人とか、大変な思いをしている人がいるとか、そういうところを書きたい部分があるんです。だから、ミステリー部分と小説テーマ部分のどちらでも、弱い立場の人たちが登場しやすくなっているのかもしれません。そういえば、『OZの迷宮』の土台になった「オズの魔法使い」の登場人物たちも、自分に欠如していると思われるものを探して旅をしている者たちでしたね。

編集長 そういう人たちに対する小説の中でのアプローチとして、あまりべたべたした感じではなくて、だけども非常に真摯にその問題に向き合っているという感じがします。美希風や“熊ん蜂”なんかもそうだと思うんですけど、探偵役自身がそういうものを持っているっていうのは凄く説得力があるし、読んでいて入っていきやすい。

柄 刀 そう言う意味で“熊ん蜂”は凄く良いキャラクターになったと思います。美希風の場合、『OZの迷宮』の取材過程で、心臓移植された人がそのドナーの記憶を持ってるという話が出てきたりして、それを探偵に生かせるんじゃないかと思ったわけです。美希風君はそこから生まれた探偵みたいな面もありますね。

編集長 探偵役についてもう少しお聞かせください。

柄 刀 みんなが満ち足りて幸せな社会が一番良いんだろうとは思います。でもそんなことは殆どあり得ないし、やっぱり本格ミステリーを書く以上、探偵がいて、探偵が被害者やその周辺の人の悲劇に関わっていくわけですよね。そう考えたときに、ただ通俗的にすべてに満ち足りている探偵役というのはいろんな意味で説得力に欠けるというか、感情移入出来るのかな、という疑問があるのかもしれません。何らかの傷を負っていて、痛みを知った上で、犯罪に巻き込まれて苦しんでいる人に何かを言うとか。

編集長 事件との関わりをつくっていくときに、探偵側に、全能的な存在ということではなくて、人間として事件に関わるというところをお考えになっていらっしゃる。

柄 刀 もちろんないろいろな道があるわけで、神のような名探偵も好きなんですけどね。そういう作品も書くかもしれませんし、楽しんで読んでいますからね。でもその反対側には痛みを知っていることが明示されている探偵がいても良いなと思っています。

編集長 今回の作品で一番難しかった登場人物は誰ですか?

柄 刀 ??・??・??・??・??・??・綾音ですね。おとなしい感じの女性なんですけど、でも苦しみも出さなければいけないし。とはいえただヒステリックな女性にはしたくない。彼女の苦しみをどうやって読者に伝えようかというのは苦労しました。

編集長 強い女性ですよね。夫の無実を信じて、生まれたばかりの子供を抱きながら、じっと待ってるっていう。

柄 刀 そうなんです。でもあんまりそれをすらっとやってしまうと、スーパーウーマンになっちゃう。だから、柄刀のイメージからするとある程度理想的な女性なんですけれども、それをどう肉付けして、読者にリアルに感じられるようにするか。精神的なダメージによる肉体的な変化なんかもそういう発想から考えました。あの辺はなかなか良いアクセントになったかなと思います。

編集長 あのあたりは資料をお調べになったというより、柄刀さんの作家としての想像力から出てきたアイデアなんですか。凄くリアリティがあって説得力がありますね。ああいう環境に置かれた女性のストレスが、どういうかたちで現れるかというのが。

 何か最後におっしゃりたいことがあったらお願いします。

柄 刀 普通の生活をしている人たちのあり方にもこだわると言いましたけど、勿論、本格ミステリーには特殊な環境世界に生まれる価値観や精神の奇異を楽しむ形が一つあります。僕も書いていますし、それはそれでもちろん良いわけです。それも楽しみますけど、今回は、ちょっと違う作品ですということです。

編集長 もちろん、本格ミステリーのファンにとっても十分に読み応えのある作品だと思いますから、軽いものになった、という風な取られ方をされると非常に不本意な、本格ミステリーとしても質の高い作品だと思います。本当にありがとうございました。

(編集長・渡辺克郎)





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